新宿といってもいわゆる繁華街ではなくて、
ちょっと横道に入ると昔風の料亭や塀などが見えた。
風情があるといえばあるのだが、田舎育ちの僕には馴染みが無く、何か異空間にいるみたいで、ミニチュアの街に入り込んだという感じだった。
アルツハイマーで認知症になった父と脳梗塞で障害者になった母への思いを綴ってみる。
今TV 「金スマ」で安藤和津さん、奥田瑛二さん家族の介護の体験観ました。脳腫瘍とのことだった。
家の親父はアルツハイマー性の痴呆・認知症で病気は違うが、同じ脳の病変で似たところもある。こういう内容のテレビは何か身につまされるようであまり見る気はしないのだが、やはり観てしまった・・。でも安藤さんは介護で苦労しながらも段々「今のこの苦労は子供の頃から親がしてくれた愛情への恩返しなんだ!と感じるようになって気持が切り替わった」というようなことを言っていた。
自分も親父がどんどん変わっていくことに戸惑い、怒りや焦燥感も何度も味わってきたが、時を経て好々爺っぽくなった時期に親父が非常に愛しく想えたことがある。今のお袋の状況にも同じ感情がある。
なんだかんだ思っても親父は親父、お袋はお袋であって、俺はその息子。切っても切れるもんじゃない。そして何を苦悩しようが、何を喜ぼうが、何を尊大ぶろうが親父お袋がいなかったら今の自分の存在自体も無かったことになる。そう思うと今現在の苦悩も喜びも全部自分持ち。宿命といえばそれまでだが全て受け入れて自分で変えていくしかない。眼を背けることはできない。
ある書物で読んだことがある。「苦悩が続く時は、この状況が永遠に続くのではないかと思える。しかし!永遠に続く楽しみがないように、永遠に続く苦しみも絶対にない!」この言葉に勇気を覚えたことがある。
少しずつだが確実に父は変わっていった。温厚で寡黙で人からも好意的に見られる人だったが、段々と人格の崩壊が出てくるようになる。
その頃は考える余裕も無かったが後で思ったことは、本人が一番心の中で葛藤していたんじゃないだろうか?ということ。正常な時の自分と痴呆さが出てくる時の自分が自覚できて・・・。そしてそれはイライラ・ストレスがつのっていくことになる。
あれだけ温和だった親父が時折怒りをあらわにするようになる。そういう表情や行動に全然慣れていなかったお袋と自分だった。
等々・・・だと思う。
これからのことを思うと、まだまだ親父の症状の悪化、お袋も倒れてしまう、その後から現在までのことなど進行形でまだ先は判らない。
でもただ辛かったというだけじゃなくて、両親の惨憺たる状態を見てきたおかげで日々の心の変遷、境涯の拡大も自分なりにあったと思う、そういう意味で親父・お袋に成長させてもらったということを感謝している。 やっぱり俺は父ちゃん母ちゃんの息子だ!