tag:blogger.com,1999:blog-17263361809073424942008-05-08T17:08:30.616+09:00父 母 を 想 う 時 (高齢者・痴呆・認知症・脳梗塞・障害者・介護)toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comBlogger36125tag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-89874143468853853992007-05-13T13:30:00.000+09:002007-05-13T14:21:07.939+09:00神楽坂の本多横丁、今は沖縄料理店<a href="http://bp2.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/RkaVfYFJWCI/AAAAAAAAABQ/yE2wIrAz9WA/s1600-h/IMGP0599.JPG"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5063899197297219618" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 10px 10px; CURSOR: hand" alt="" src="http://bp2.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/RkaVfYFJWCI/AAAAAAAAABQ/yE2wIrAz9WA/s320/IMGP0599.JPG" border="0" /></a> <span style="font-size:130%;"><span style="color:#000099;">東京新宿区神楽坂の本多横丁、この通りの左側に親父の和菓子2号店があった。半世紀以上経た現在は沖縄料理店になっていた。</span><br /><span style="color:#000099;">新宿といってもいわゆる繁華街ではなくて、</span><br /><span style="color:#000099;">ちょっと横道に入ると昔風の料亭や塀などが見えた。</span><br /><span style="color:#000099;">風情があるといえばあるのだが</span><span style="color:#000099;">、田舎育ちの僕には馴染みが無く、何か異空間にいるみたいで、ミニチュアの街に入り込んだという感じだった。</span></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-74107516112976642652007-05-06T16:46:00.000+09:002007-05-06T19:13:09.205+09:00親父の挫折と失踪<span style="font-size:130%;"><span style="color:#000099;">ちょっと久しぶりの投稿、春につられて中弛みしてました。見に来てくれてた人ごめんなさい。少しずつでも書き続けていきたいと思います。</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">親父の認知症の件から離れているが、もう一つ書き残して置きたいことがある。</span><br /><span style="color:#000099;">これも従姉妹から聞いた話だが、</span><span style="color:#000099;">親父の三田の和菓子店は繁盛していて同郷の人も数人働いていた。</span><br /><span style="color:#000099;">そこで2店目を考えたらしく今度は東京新宿区の神楽坂にも店舗を出した。</span><br /><span style="color:#000099;">神楽坂といえば東京の花街・花柳界で栄えた代表的な地域だ。今でもそうだが親父のいた時代はもっと最盛期の頃だったんだろう。</span><br /><span style="color:#000099;">そこで料亭やら芸者達への和菓子の仕出や販売を狙った出店だったとのこと。</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">でもその出店の為に借金をしたらしい。「高利貸しだったみたい」と言ってた。</span><br /><span style="color:#000099;">そのせいで神楽坂の店は明渡すことになり、失意に沈んだ父は一時失踪というか行方不明になっていた。</span><br /><span style="color:#000099;">京都方面に行っていたらしい。父の親、私のお祖父さんは奈良の人だからそっちまで足を延ばしたかは知らないが・・・ 和菓子の本場の京都で何を思って放浪の旅をしていたんだろう・・・父は一言も息子の俺には話したことは無い。その時の親父の心情が偲ばれる。父ちゃんの子供だから・・。</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">結局繁盛していた三田の方の店舗も主が居なくなり、借金の担保にでもなっていたのか店も土地も失ってしまう。この話をしてくれた従姉妹が伯母に言われて</span><span style="color:#000099;">当時の50万円?を握りしめて土地だか店舗だかの入札に行かされたらしいが、何かもううまく決められて取られてしまっていてダメだったという。その後従姉妹が抜けていた半畳ほどの土地をめぐって裁判をしていて、勝取った半畳の土地の金額を父達に分けてあげた。</span><br /><span style="color:#000099;">このブログのことは教えてないけど、「な~んて良い人なんだ」と書いときます!</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">親父が同郷の前妻との間に息子を1人亡くし、離婚した時期がこの当時と関わりがあったのか、前後の話なのかはよく聞いてなくて分からない、でもその後親父は田舎に戻り、また和菓子屋を開き、お袋と再婚することになる。</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">親父が寡黙だったのはこういう過去も人生に影を落としていたのかも知れない。</span><br /><span style="color:#000099;">でも親父が田舎に戻り、新しい人生を再出発しなければ、今の私もこの世にこの場所に存在しない。そして父は私達家族にそんな過去の事など想像すらもさせない温和な俗に言う「良い人」だった。</span><br /><span style="color:#000099;"></span><br /><span style="color:#000099;">「辛い思い」はその時は苦しむが、決して無駄じゃない!恥ずかしい事でもない!</span><br /><span style="color:#000099;">それを乗り越えさえすれば、人の苦しみも分かり包容力も備えた温和で人間的な魅力をかもし出す人格も形成出来る。 (ちょっと親父を美化しすぎたかな?) いけないのは、落ち込み自分を卑下して悩みの迷宮から抜け出せないことだ!(・・私も反省します・・。)</span><br /></span><span style="color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-39763270519863252312007-04-14T17:01:00.000+09:002007-04-14T17:26:30.949+09:00東京タワーと桜田通り<a href="http://bp0.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/RiCLAHi-v9I/AAAAAAAAABI/FvsuzJcaDs0/s1600-h/IMGP0091.JPG"><span style="font-size:130%;"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5053191616051724242" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 10px 10px; CURSOR: hand" alt="" src="http://bp0.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/RiCLAHi-v9I/AAAAAAAAABI/FvsuzJcaDs0/s320/IMGP0091.JPG" border="0" /></span></a><span style="font-size:130%;"><br /></span><div><span style="font-size:130%;">東京タワーがでっかく正面に見える。</span></div><div><span style="font-size:130%;">この歩道を歩くシーンを数回TVで観たことがある。</span></div><div><span style="font-size:130%;">ちなみに写ってる人はたまたま歩いてて写ってしまった人。</span></div><div><span style="font-size:130%;">写ってる歩道の反対側の歩道に親父の店舗があった。</span></div>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-55128148722693235212007-04-13T23:13:00.000+09:002007-04-14T00:09:58.047+09:00東京タワーがない<span style="font-size:130%;color:#000099;">親父は寡黙な人柄で昔の話とかはあまりしなかった。特に東京に住んでいた頃のことは一度も父から聞いたことはない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">母も父が昔東京の三田に住んでいて前妻との間に1人子供を亡くしていることぐらいで、あとは何も話してくれないから私も知らないと言っていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">私がある程度の話を聞いたのは、伯母さんとその娘(従姉)からだった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">年代はよく判らないが、もう半世紀以上も前になる。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父は東京港区の三田方面にある桜田通り(国道一号)に面した所に和菓子の店舗を構えていた。けっこう繁盛していたという。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">道路を隔てたすぐ向いには慶応大学の東門がありこの通りの真正面にはでかくそびえ立つ東京タワーが建っている。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">「桜田通り」はけっこう写真などの撮影のスポットで、時折TVドラマなどで東京タワーが映ったこの通りを歩くシーンを観ることがある。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父が住んでいた頃は東京タワーはまだ影も形も無い。</span><span style="font-size:130%;color:#000099;">半世紀以上も前のことだから。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父はこの通りでどんな想いを描いていたんだろう?</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そして東京タワーの無いこの「桜田通り」の風景はどんなんだったんだろう? と思う。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-38475795116980389052007-04-08T13:15:00.000+09:002007-04-08T14:15:44.822+09:00和菓子の丁稚奉公と二・二六事件<span style="font-size:130%;color:#000099;">親父は昔、和菓子の職人だった。10代から丁稚奉公(でっちぼうこう)して東京の「風月堂」などで働いていたらしい。そして昭和11年のクーデター未遂事件だった「二・二六事件(ににろくじけん)」に遭遇したとのこと。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">大雪の日、自転車でお店の配達?だかをしていた時皇居近くが騒がしくなり、自転車を止めて、なんだろう?と見ていると兵隊さんが行進していた、騒然としてきて警官だか兵隊(二・二六事件は陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こした反乱事件)が来て「ここに居るな!早く帰れ!」と言われて帰ったとのこと。それから数日戒厳令が布かれて外に出れなかったと。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">社会の教科書で習った「日本の歴史」ぐらいの認識しかなかったが、親父は大正2年生まれ、歴史のちょっとした証言者だった。まだ痴呆症状や認知症になるずっと前に聞いた話だ。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-47261569793794897762007-03-31T22:52:00.000+09:002007-04-01T14:02:04.399+09:00心臓病から脳梗塞、母の家系<span style="font-size:130%;color:#000099;">痴呆症の親父の家系については前回に書いたが、実はお袋の家系は心臓病が多い。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">息子の私としては・・・どっちに転んでも・・・・・という感じで将来を案じてはいたが、</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">ピンポーン!という感じで母方に転んでしまった。一昨年心筋梗塞で運ばれた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">比較的軽くて心臓の組織自体はほとんど損傷は無かったらしい、ステントという網状のチューブが一本血管に埋まっていて、幸い後遺症もなく日々ウオーキングに励んでいる。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">遺伝というより本人の不摂生の原因が大きいのだけど・・</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">母方の私の祖母は脳卒中?で亡くなったのだが、母が一番頼りにしてる東京の叔母さんは心臓ペースメーカーが入っている障害者。正直母の具合の変化を伝えることも見舞いに来てくれるのも叔母さんの体調の方も気にかかる。もう高齢者だし。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">母もずっと心臓が悪かった、種々薬も処方されていた。狭心症だか不整脈だかの心臓の病気で血の塊が飛んで脳に詰まり脳梗塞を発症すると医師が言ってた。母の闘病は親父以上で未だ進行形で続くがまだ書く気はしない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">最もショックだったのは私が高一の時、姉が不慮の事故(心臓麻痺)で亡くなったこと。後で判ったが心臓の薬を飲んでいたらしい。高齢者なら種々の病気が出てきてもいたし方ない面もあるが、若い死は家族共々悲惨極まりなかった。全ては過去の話だ。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">今どんなに辛くても未来は必ず思い出に変わる、大事なのは過去を感傷的に引きずって現在に影響させるのではなく、常に今と未来に思案を向けることだと思う、過去を無駄な悔悟にしないためにも。 そうすればブログも書ける! なんちゃって。</span><br /><br /><span style="color:#000099;"><span style="font-size:130%;"><span style="font-size:100%;">同じ</span>想いをしている方からもコメントいただけるようになりました、嬉しい限りです。</span></span><span style="color:#000099;"><span style="font-size:130%;">僕の方が勇気を頂いてます。</span></span><br /><span style="color:#000099;"><span style="font-size:130%;">ブログ初めてなのでコメント頂いた方々への返信とかよく解らないのですが、解る方いたら教えて下さればありがたいです。</span></span><br /><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-4057716209513821672007-03-25T21:40:00.000+09:002007-03-26T00:01:22.951+09:00認知症(痴呆)の家系?遺伝するの?<span style="font-size:130%;color:#000099;">わが家の父系の家系には実は痴呆が多い。祖父は若くして40代で亡くなったが祖母はやはり今で言う認知症だった。私がまだ小さい頃であまり記憶が無いが、トイレ以外の家の中で排便したり、徘徊みたいな感じで親戚の家に用も無いのに通っていたりしたらしい。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父は長男で兄弟は(種違いで2人)8人もいる。昔はそんなもんだ。子供が大勢、今じゃ考えられない、8人も産んだんじゃ呆けてもしょうがない。ぐらいの感じもしてた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">でも一番上の姉も教師をしていた人だが、痴呆で徘徊等も繰り返し、ずっと寝たきり状態で従姉妹が自宅で介護し続け亡くなっている。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そしてすぐ下の弟も認知症、親父が亡くなってからも一時期頻繁にちょっと見当違いに思える葉書を送ってきていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">その下の弟も同じ、話だけ聞いていて晩年入所している施設に見舞いに行ったが、もう話せなくて寝たきりの恍惚状態、田舎弁で話しかけたら一瞬反応したように見えた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">内科の医師をしていた人で頭も良かったのに医者として自分の痴呆が進行していくのをどういう感じで受け止めていたのだろう?親父の兄弟の中でいってみれば一番成功した叔父さんだったが晩年は哀れにも思える。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父と二重写しに見えた。痩せて顔の骨格が浮き出ていたせいもあるが、晩年の親父とそっくりで、やっぱり兄弟なんだな~と感じた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">一緒に見舞いに行った従姉妹が以前電話で「家の母もそうだけど、一生懸命生きてきてこれだけの事を成しとげてがんばってきたのに、最後は全部訳判らなくなっちゃって人生ってなんなんだろうね?悲しいね!」というようなことを言ってた。別に認知症になった人の人生越し方が否定される訳でもないのは分かっていることだが。</span><span style="font-size:130%;color:#000099;">最後は安穏であってほしい。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">「平均年齢が上がって昔より長寿になってきたから痴呆も多くなってきた」というが、今の医学でまだ治癒できないのなら、少しでも晩年に至った病気持の高齢者が楽に安泰でいられるように家族の安心も含めて切にそう思う。叔父叔母の家族も皆辛い思いをしていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">今そういう状況に無くて何の関心も無い人も皆多かれ少なかれ経験する道なんだろうが。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">未来はもっと軽減されるように願う。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-35054439513501253602007-03-20T21:41:00.000+09:002007-03-20T22:59:29.155+09:00徘徊する親父との散歩 part2<span style="font-size:130%;color:#000099;">徘徊もけっこう頻繁になり、私が心配しているのが通じたのか「息子が呼んでいるから」と言って出て行ったり、母が追い掛けきれず人を頼んで付いてもらうこともあった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">僕の仕事帰りにちょうど出て行く父に遭遇して「早く追いかけてや~」と母に言われ後を追った事も数回あった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">やはり忘れられない記憶がある。ここは地域柄大風が吹き捲る日が多々ある。ある日の夕刻、仕事帰りか休日だったか忘れたが親父がまた出て行ったので横に付いて一緒に歩いた。風がとても冷たく体がブルブル震えながら「父ちゃんどこへいくだー、帰るばー」と言いながら2人で歩いた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父は大風に体を揺らされるとちょっと立ち止まり、また黙々と歩を進める。寒そうな気配も感じさせず、俺が何か言ったり腕を取ったりすると少し俺の顔を見てまたきびすを返して歩きだす。何か口でしゃべりながら、風が強く何も聞こえない。一心不乱にただ歩く。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">やっと一週の経路を誘導して帰ってきた、体は何か火照っていたような感じがする。少々頭にきて、親父の後ろから店の横のサッシの入り口を開け、立ち止まっているので「早く入れよ!」と言うと、一歩だけ中に入りまたじっとしている、そして右手を後ろに持ってきて後ろを振り向かないでゆっくり戸を閉めて家の中に入っていった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">俺の前でガラス戸がピシャリと閉められた。俺はまだ外にいるのに。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">歩きながらの俺の態度に腹を立てたのか、すぐ後ろにいる俺の存在を認識していなかったのか。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">何か親父に無視されたような、お前は入ってくるなと言われているようで、まるで幼い子供が親に叱られて家の外に出されたような、なんかやるせない感情が湧いて来て。すぐ戸が開けられなかった・・・</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-56433193870820540812007-03-18T13:08:00.000+09:002007-03-19T02:06:57.115+09:00土星<a href="http://bp1.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/Rfy71xdwHqI/AAAAAAAAAA8/SmckOq5UAVs/s1600-h/171394main_image_feature_778_ys_4.jpg"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5043112215233699490" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 10px 10px; CURSOR: hand" alt="" src="http://bp1.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/Rfy71xdwHqI/AAAAAAAAAA8/SmckOq5UAVs/s320/171394main_image_feature_778_ys_4.jpg" border="0" /></a> <span style="font-size:130%;color:#000099;">天体に詳しい人に付き合って天体観測</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">に行ったことがある。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">真っ暗な中に小さい土星・木星と衛星を見せてもらい感動した覚えがある。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">こんなでかくはなかったけど。</span><br /><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><a href="http://www.blogmura.com/"><img src="http://www.blogmura.com/img/www88_31_green.gif" width="88" height="31" border="0" alt="ブログランキング・にほんブログ村へ" /></a>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-68829853857063159742007-03-16T21:34:00.000+09:002007-03-16T22:49:31.661+09:00安藤和津と奥田瑛二さん家族の介護体験<p><span style="font-size:130%;color:#000099;">今TV 「金スマ」で安藤和津さん、奥田瑛二さん家族の介護の体験観ました。脳腫瘍とのことだった。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">家の親父はアルツハイマー性の痴呆・認知症で病気は違うが、同じ脳の病変で似たところもある。こういう内容のテレビは何か身につまされるようであまり見る気はしないのだが、やはり観てしまった・・。でも安藤さんは介護で苦労しながらも段々「今のこの苦労は子供の頃から親がしてくれた愛情への恩返しなんだ!と感じるようになって気持が切り替わった」というようなことを言っていた。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">自分も親父がどんどん変わっていくことに戸惑い、怒りや焦燥感も何度も味わってきたが、時を経て好々爺っぽくなった時期に親父が非常に愛しく想えたことがある。今のお袋の状況にも同じ感情がある。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">なんだかんだ思っても親父は親父、お袋はお袋であって、俺はその息子。切っても切れるもんじゃない。そして何を苦悩しようが、何を喜ぼうが、何を尊大ぶろうが親父お袋がいなかったら今の自分の存在自体も無かったことになる。そう思うと今現在の苦悩も喜びも全部自分持ち。宿命といえばそれまでだが全て受け入れて自分で変えていくしかない。眼を背けることはできない。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">ある書物で読んだことがある。「苦悩が続く時は、この状況が永遠に続くのではないかと思える。しかし!永遠に続く楽しみがないように、永遠に続く苦しみも絶対にない!」この言葉に勇気を覚えたことがある。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span> </p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span> </p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span> </p>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-39343404179310532182007-03-14T14:12:00.000+09:002007-03-14T14:49:03.861+09:00徘徊する親父との散歩<span style="font-size:130%;color:#000099;">お袋のことも気掛かりだった。日中親父の徘徊に付き合って出たまではよかったが、途中のT字路でいつも右に曲がるのを車が来るのを立ち止まって待ったらしい。そこで思考が途切らされたのかいつもの道順と反対の左方向へ歩き出してしまった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">説得しても手を取っても言うことを聞かない、家と反対の方へどんどん進み海岸線を付き添っていたが心配しながら歩き続け、自分の方が心臓が苦しくなってしゃがみ込んでしまったという。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">事無きを得たが、我家は心臓の良くない家系でお袋も亡くなった姉貴も心臓の薬を飲んでいた、俺もそうだが。父方は呆けの家系、母方は心臓病が多い、遺伝か?なんとか変換しなくては!</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-60439719048303761682007-03-11T23:01:00.000+09:002007-03-11T23:49:20.715+09:00徘徊する気持、親父のお辞儀。<span style="font-size:130%;color:#000099;">親父はなぜ外へ出るようになったのだろう?認知症の痴呆状態が進行して徘徊までするようになった。と言えばそれまでだが、親父にもそれなりの理由があったように見られた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">ある日お袋の前に来て正座し丁寧にお辞儀した。そしてそっと一万円札を差し出して、「お世話になりました」と一言・・・</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">お袋があっけに取られて呆然としていると、そのまま出て行ってしまった・・・。気を取り直して後を追ってまた連れて戻ってきたが、その話を聞いてお袋の落胆ぶりが伝わってきた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">やはり親父も自分の奇異な言動、行動に家族が辛い思いをしているのを感じ取り自覚していたと思う。それがこの時は、こうなってしまった今の自分ができることは家を出て行くしかないという行動になったんだと思う。考えると親父も哀れに想えてしかたない。あの親父らしい表現の仕方だと、今想うと懐かしく哀愁すら憶えてしまう。本当に常識豊かで温和な人だったから。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-26292439909440670852007-03-09T23:30:00.000+09:002007-03-09T23:53:28.620+09:00徘徊、一心不乱に歩く。<span style="font-size:130%;color:#000099;">アルツハイマー性の痴呆、認知症は進みついに徘徊を頻繁にするようになった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">外に出て行くとお袋が傍に付いて後を追っていかなければならない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">帰ろうと呼びかけても、手を引いて引き戻そうとしても言う事を聞かない。親父もお袋も小柄な体格だが親父はただひょこひょこ一心不乱に歩き無理に止めることはできない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">でも大概歩くコース?は決まっていた。ぐる~と一周廻って戻るという感じ。まあお袋が「こっちの道」とか「右へ、右へ曲がって!」とかなんとか誘導していたみたいだが、親父も知っている道を忘れてしまっているのか迷うとなんとか指図に従って戻っていたみたいだ。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">お袋の介護の心労が段々溜まっていく。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-91505557384092598832007-03-07T23:15:00.000+09:002007-03-09T23:30:30.776+09:00目が離せなくなる。<span style="color:#000099;"><span style="font-size:130%;">お袋の方が大変だった、親父が独り言いってる時はそっとしておき、怒ってる時は逃げ隠れしてしばらく間を置き、少し落ち着いてから戻ってくればよかった。</span><br /><span style="font-size:130%;">でも徘徊するようになると何時ふっと居なくなるかも知れない。この頃になると親父の過激な情態は影を潜めたように無くなってほっとしもしたが、今度は目が離せなくなってしまった。</span></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-43206085728054078792007-03-05T21:50:00.000+09:002007-03-05T23:05:44.721+09:00徘徊が始まった!<span style="font-size:130%;color:#000099;">個人店舗の自営業というものはほとんどが店舗内での仕事、我家は住宅兼店舗の家だから両親共一日中家に居ることになる。狭い地域だから特に出かける場所も無いのだが。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">お袋は僕が休日の日は畑に行きたがり、親父はちょっと前まではよく仕入れの為に上京したり壮年期には旅行にもけっこう出かけていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"> 話はずっと前に遡るが、僕が小学校入るか入らない頃に父が車の運転をしていたのを見た記憶がある。免許取立てという感じで教官役の知り合いの人が同乗していた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">それも昔懐かしいオート三輪車の「ミゼット」だ! </span><span style="font-size:130%;color:#000099;">でも確か今では一方通行になってる家の前の道路を逆走していた。昔は一通じゃなかったのか・・?</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父が運転しているのを見た記憶はこの時だけ、話に聞くと免許更新しないで流してしまい、それきり取らなかったらしい。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そういう訳で親父は運転して外へ出かけることも無かったし、用が無い限り出歩くこともほとんど無かった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そうやって家の中で呆けていってる分には客などに迷惑かけたりはしたけど、ある意味家庭内だけの秘め事・辛労の範囲で済んでいたともいえた。でもあれだけ外出することのなかった親父が急に外出しはじめた。症状の変化か?徘徊するようになってしまった。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-47347583270087108372007-03-03T22:12:00.000+09:002007-03-04T00:05:56.032+09:00変わっていく父<span style="font-size:130%;color:#000099;">いつ頃からか、親父のように細かくメモに残すような几帳面じゃない自分は憶えていないが、あれほど人格が変わった表情を現した父が変わってきた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">過激な行動が影を潜め、おとなしくなった。薬のおかげか、それとも自らセーブするように心境が変化したのか?分からない。でも痴呆・認知症の症状は進行しているように感じられた。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-82090361777167863202007-03-01T21:00:00.000+09:002007-03-01T22:16:24.171+09:00ヤマブシダケが認知症にきく!<span style="font-size:130%;color:#000099;">数日前、夜中TVのチャンネル変えたら、たまたまきのこ類の「ヤマブシダケ」というのが認知症の改善に良いと言ってた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">「ヤマブシタケ」という名前も初めて聞いたけど、まだラットでの試験だが認知症の症状が劇的に改善の傾向がみられたとのこと。ねずみも呆けるのか?</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">途中からですぐ終っちゃたけど後日ネットで調べてみたら(ヤマブシダケ 認知症)で検索かけるとけっこう出てきた。ボケやアルツハイマー型認知症に対する効果、認知症を予防する効果があるとされる「エリナシン」?や「ヘリセノン」?を含んでるとのこと。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">結構有名だったのか?こんな田舎じゃ売ってない。でも俺も親父の息子だから先々どうなるか分からないし、予防で食べた方がいいかも知れない。早く医療が進歩してほしいものだ。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-59156839501039434782007-02-28T23:34:00.000+09:002007-03-15T22:35:53.665+09:00波 浪<a href="http://bp0.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/ReWTkFoZZGI/AAAAAAAAAAw/I_i6yy3cUsI/s1600-h/IMGP0713.JPG"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5036594006479955042" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 10px 10px; CURSOR: hand" alt="" src="http://bp0.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/ReWTkFoZZGI/AAAAAAAAAAw/I_i6yy3cUsI/s320/IMGP0713.JPG" border="0" /></a><br /><div></div><br /><a href="http://www.blogmura.com/"><img src="http://www.blogmura.com/img/www88_31_green.gif" width="88" height="31" border="0" alt="ブログランキング・にほんブログ村へ" /></a>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-82624908861036270782007-02-27T23:25:00.000+09:002007-02-28T02:48:12.707+09:00血圧が上がってる<span style="font-size:130%;color:#000099;">いつものようにお昼に家に帰っていた。親父は例のごとく店のあがりかまちでブツブツ言っていた。お袋は自分が帰った時にはもう居なかったのか、それとも俺が戻ってきたので安心して昼の間だけ出たのか記憶は無いが居なかった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">一人となりの部屋で昼食をとり少し横になりウトウトしていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">親父が何か騒いでいる声がした。ふと振り返ると親父がこっちに来て鬼のような形相で立っていた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そして、「何やってるだー お前は!」と怒鳴りつけられた。驚いて起き上がり、「あー!何のことだー?」と言うと、「お前は職場の金を使い込んでるっつうじゃないか!」と捲くし立てられた。 「そんなことするわきゃないだろ!誰がそんなことを言ってるだ!」と言ったら、「みんな言ってるじゃないか!」と言ってとなりの部屋に行きまたブツブツしゃべり始めた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">しばらくフリーズ状態だった。怒りがこみ上げて来て、妄想もいい加減にしろと親父のところに行ったが何事も無かったように誰もいない相手と言いあっている様子。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">・・・何も言えなかった・・・。親父の背中を見て黙って家を出て</span><span style="font-size:130%;color:#000099;">そのまま職場に戻った。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">戻り路、体が蒸気し火照っていた、血圧が上がるってのはこういう感じなんだなあーと始めて自覚したのを憶えている。悶々と仕事どころじゃなかった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">ほんとにこの時の親父は鬼の様な形相だった。そんな親父の顔を見たことも想像できる顔でもなかった。怒りというものを本当に素の状態で命から沸きだしたという感じで、怖かった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">人間はこんなにも変わるものなのか・・お袋も同じ情況をあじわっているのか・・・と。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span><br /><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-77358892750490443672007-02-26T23:04:00.000+09:002007-02-27T23:22:56.292+09:00父ちゃんが変わってく<span style="font-size:130%;color:#000099;">この頃になると親父のブツブツ独り言も誰かと言い争うような感じも出てきた。</span><span style="font-size:130%;color:#000099;">平静な時と異常な時が逆転しつつある。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">認知症の進行でいままで無かった性格が出て来るのか?自分の病の自覚に苛つき症状が出た時にそれが怒りの行動になってしまうのか?それとも以前から心に抱いていたものが前面に出てくるのか?</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">その怒りの標的は母に向けられるようになった。急に怒鳴りつけたり、棒を持って向かって来たこともあったと。「目の仇みたいに」と嘆いていた。自分が居ない時の母が心配でしかたなかった。でもそんな状況でもお袋と俺も親父をまだ見守るしかなかった。どんなに変わっても父ちゃんは父ちゃんだから。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-27713960757012057282007-02-25T23:04:00.000+09:002007-02-26T00:58:19.523+09:00錆びたシャッターと親父の奇行<span style="font-size:130%;color:#000099;">親父はけっこう達筆な人だった。時折人から何かの書き物を頼まれて筆を執っていたりもしていた。そしてメモ魔というぐらい細かいことから日記まで小さなノートに何冊も走り書きしてあった。マジックで店の値札やPOP広告なんかも。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">こんな几帳面なマメな人が痴呆やアルツハイマーになりやすいのだろうか?</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">そんなある日、これも夜母から聞いたのだが、母も気づかない間に店の入り口のガラス戸に張り紙がしてあったらしい。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">内容は、〇〇〇は(シャッターを取り付けてくれた業者さんの名前) ~万円出したのにこんな(上げ下げできない)シャッターを付けた。というもの・・ </span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">島は強風が吹くと潮風がすごく塩害もひどい、ずっと何年も前にシャッターは錆びてきていた。親父も充分承知していただろうが、日々の上げ下げしずらいシャッターに苛つき、病がこの奇行をさせたらしい。 POP広告じゃあるまいし・・・字がうまくて書く事が好きなのも考えもんだぜ父ちゃん。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">狭い地域だから通って見た人はどこの業者さんかすぐ判る、狭い地域だからすぐ噂になる、狭い地域だからすぐ書かれた本人の家の耳に入る。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">その業者さんの奥さんが怒鳴り込んできてお袋はびっくり仰天したという。事情を話して謝ったとのこと。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">日中家に居ない自分にとって親父も、そしてお袋も気がかりでしかたなくなってきた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;"></span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-34078140485961090582007-02-23T23:43:00.000+09:002007-02-24T00:57:52.949+09:00父ちゃんの会話<span style="font-size:130%;color:#000099;">小さな島に住んでいて外勤めでもお昼は家で食事をしていた。日中も親父のことが気にかかることが多々あった、そんな親父とずっと一緒に居るお袋のことも。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">昼戻った時や夕刻帰ってから母からよく話を聞かされた。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">日々の親父の変化は母も自分も受け入れるしかなかったが、慣れてきもした。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">店舗の中での仕事と店番でずっと家に居て酒も飲まず(息子の俺も飲めないが)用が無ければあまり外に出ることもなかった親父は余計症状の進行も速かったかも知れない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">誰が傍に居ようが一人でかってにブツブツ話していることが多くなった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">家族がそこに居るのに誰か違う人と話している。ブツブツ小声で話の内容は聞き取れない。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">今日はお客につり銭を間違えて渡してしまい、明らかに違うと指摘されて反対に逆切れしお客に対して怒鳴りつけたとお袋が嘆いていた。人を怒鳴るような親父じゃなかったのに。</span>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-88451271468689925582007-02-22T23:32:00.000+09:002007-03-15T22:48:50.292+09:00夏 の 波<a href="http://bp1.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/Rd2qGljYsiI/AAAAAAAAAAk/KROjAt-xlYs/s1600-h/IMGP0383.JPG"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5034366988606550562" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 10px 10px; CURSOR: hand" alt="" src="http://bp1.blogger.com/_4UCNSCCB1zE/Rd2qGljYsiI/AAAAAAAAAAk/KROjAt-xlYs/s320/IMGP0383.JPG" border="0" /></a><br /><div></div><br /><a href="http://www.blogmura.com/"><img src="http://www.blogmura.com/img/www88_31_green.gif" width="88" height="31" border="0" alt="ブログランキング・にほんブログ村へ" /></a>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-85597241969469274202007-02-21T23:39:00.000+09:002007-02-22T00:08:10.092+09:00認知症の悪化 変わっていく親父<p><span style="font-size:130%;color:#000099;">少しずつだが確実に父は変わっていった。温厚で寡黙で人からも好意的に見られる人だったが、段々と人格の崩壊が出てくるようになる。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">その頃は考える余裕も無かったが後で思ったことは、</span><span style="font-size:130%;color:#000099;">本人が一番心の中で葛藤していたんじゃないだろうか?ということ。正常な時の自分と痴呆さが出てくる時の自分が自覚できて・・・。そしてそれはイライラ・ストレスがつのっていくことになる。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">あれだけ温和だった親父が時折怒りをあらわにするようになる。そういう表情や行動に全然慣れていなかったお袋と自分だった。</span></p>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1726336180907342494.post-57716307472661125722007-02-20T22:13:00.000+09:002007-02-20T23:38:23.801+09:00何故書き続けるのか?<span style="font-size:130%;color:#000099;">しばらく親父の認知症の初期のことを書いてきたが、正直最初は「備忘録的に記憶を留めておくか。」程度の気持だった。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">でも書き続けてみると記憶をたどってしまうせいか、忘れていた事も後から後から出てくる。</span><br /><span style="font-size:130%;color:#000099;">思い出したくもない事なのだが、何故続けるのか? たぶん・・・</span><br /><ul><li><span style="font-size:130%;color:#000099;">書いちゃった!から途中で止められない。</span></li><li><span style="font-size:130%;color:#000099;">書き留めておけば、嫌な記憶も安心して忘れてもいいいと思えるかも知れない。</span></li><li><span style="font-size:130%;color:#000099;">認知症、アルツハイマーだった親父の息子だから自分も呆けたら書き留めるどころじゃない。</span></li><li><span style="font-size:130%;color:#000099;">同じ様な境遇の人が見て、辛い思いは私だけなんじゃないと同感し、いつまで続くかわからない日々の格闘に少しは勇気と希望を湧かせてくれるかも知れない。</span></li><li><span style="font-size:130%;color:#000099;">惨憺たる情況はたくさんあったが、尊敬し愛する親父とお袋への感謝の気持で書けている。</span></li></ul><p><span style="font-size:130%;color:#000099;"> 等々・・・だと思う。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">これからのことを思うと、まだまだ親父の症状の悪化、お袋も倒れてしまう、その後から現在までのことなど進行形でまだ先は判らない。</span></p><p><span style="font-size:130%;color:#000099;">でもただ辛かったというだけじゃなくて、両親の惨憺たる状態を見てきたおかげで日々の心の変遷、境涯の拡大も自分なりにあったと思う、そういう意味で親父・お袋に成長させてもらったということを感謝している。 やっぱり俺は父ちゃん母ちゃんの息子だ!</span></p>toukuhttp://www.blogger.com/profile/02820680027478685355noreply@blogger.com